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ペットや子供が花壇に入ってしまうのを防ぐ境界フェンスとして地面に刺すと適度な高さがあるので効果絶大です。

ロートアイアン製なので安物っぽさが全くなく重厚感がありとても丈夫です。

色は落ち着きのあるアンティークブラウンで、周囲とも馴染みやすくなっています。

■内容:フェンス1枚
■サイズ(mm):幅1010×高さ855×厚さ5
■重量:3.8kg
■材質:ロートアイアン
■カラー:アンティークブラウン
■組立:完成品
■生産国:中国
■設置:地中埋込型。支柱は160mm以上埋め込んで下さい。
■納期:1週間程度

※商品全体に市販のクリアラッカースプレーを吹き付けると、一定期間サビの発生を防ぐことができます。




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2022年6月24日 (金)

コンターサークル地図の旅-裏磐梯の火山地形

今から134年前の1888(明治21)年、磐梯山が水蒸気爆発を起こした。「黒煙柱は約1500mの高さまで立ち昇り、1分ほどの間に15回~20回も爆発が繰り返されました。(中略)その後も30分~40分間、小破裂は巨砲が連発するように続きました。噴煙はキノコ型に拡がり、高さ約5000mに達しました」(磐梯山噴火記念館の展示パネル)

この噴火で、今の磐梯山の北側にあった小磐梯が崩壊し、総量約20億トンと言われる岩屑なだれが発生した。山体は大きくえぐれてカルデラをなすとともに、北と東で麓の谷が埋まり、周辺の風景を一変させた。2022年春のコンター旅、会津での2日目は、このとき生じた湖沼や流れ山など、山体崩壊で生じた裏磐梯の特徴的な火山地形を見に行く。


五色沼の一つ、弁天沼

図1 磐梯山周辺の1:200,000地勢図
(左)1988(昭和53)年編集、(右)1989(平成元)年編集

5月22日、会津若松駅から朝早い磐越西線郡山行の電車に乗った。本日の参加者は大出さんと私。昨日に続いて空はどんよりとして、磐梯山も頂きは雲に隠れている。電車は次の広田駅を出ると、磐梯山の南麓に広がる高原地帯へ上っていく。

人影少ない猪苗代駅前で、裏磐梯高原駅行きの路線バスに乗り込んだ。磐梯山周辺は会津バスが撤退し、現在は磐梯東都バスが運行している。乗客は私たちを含めて5人。初夏の休日とはいえ、雨の予報が出ているから、わざわざ山へ出かける人は少ないだろう。


(左)朝の猪苗代駅
(右)駅前から裏磐梯高原駅行きのバスに乗る

図2 1:25,000地形図に歩いたルート(赤)等を加筆
 

裏磐梯の一帯には、湖沼を巡る遊歩道がいくつかある。まずは、観光ルートとしておなじみの五色沼自然探勝路を歩くつもりだ。東の入口から西の桧原湖畔まで長さ3.6km。バスを降りると、ビジターセンターが目の前にあったのでルートマップでもと思ったが、まだ開館前だった。

五色沼というのは、磐梯山北麓に点在する大小30余の湖沼群の総称だ。噴火の際に斜面を流れ下った岩屑が扇状に広がり、大小の丘、いわゆる流れ山を生じた。上掲の陰影付き地形図では、一帯の土地の細かい凹凸が見て取れるが、これらはすべて流れ山だ。湖沼群は、その間の窪地に雨水や地下水が溜まってできた。

「これらの沼の多くは、磐梯山の火口付近にある銅沼(あかぬま)に端を発する地下水を水源としております。硫化水素が多量に溶け込んだ水により、水質が酸性の沼もいくつかあります。また、桧原湖からの水や磐梯山の深層地下水などが混入している湖沼もあり、沼ごとに異なる多様な水質となっています」(磐梯山ジオパーク協議会による現地案内板)。


五色沼の案内板
 

探勝路へ歩を進めると、まず見えてくるのが、五色沼の中で最も大きな毘沙門沼(びしゃもんぬま)だ。湖面の色は青緑、ターコイズブルーというところで、今日のような天気でも十分美しいが、見る角度によって鮮やかさには微妙な違いがある。高みから見下ろした方が明るく、ブルーの色合いが引き立つようだ。


毘沙門沼
 

レストハウス前の広場でメインルートからいったんはずれ、周遊歩道「磐鏡園プロムナード」へ足を向けた。小川の木橋を渡り、ウッドチップを敷いた小道をたどっていくと、小高い丘の上に磐梯山と吾妻連峰、2か所の展望台がある。山並みは雲の中だが、東のほうに秋元湖が遠望できた。今回はそちらには行かないので、少し得した気分だ。


(左)磐鏡園プロムナード
(右)威嚇?それとも歓迎?
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吾妻連峰展望台から秋元湖を遠望
 

もとに戻り、毘沙門沼の北岸に沿って歩く。沼は複雑な形状をしていて、角を回るたびにその表情を変える。探勝路には少なからずアップダウンがあるが、足元の悪いところにはしっかりした木道が組まれていた。眺望が開けるポイントには、沼の名を記した標柱と出口への距離標も立っている。


毘沙門沼に沿う五色沼自然探勝路

ビューポイントに立つ標柱と距離標
 

毘沙門沼を見送って山中を歩いていくと、右手に小さな沼が現れた。赤沼といい、水面は明るい緑だが、岸辺に赤茶色の縁取りがついている。鉄分を多く含む水質のため、水に浸かる植物が錆色に染まるのが原因だそうだ。

みどろ沼の水の色は一言では言い表せない。光線の加減にもよるのだろうが、手前はアップルグリーン(黄味を帯びた明るい緑)、しかし奥は青みが濃くて毘沙門沼のそれに近い。小さな沼なのに、まったく色が異なるのも不思議だ。勢いよく流れる小川をさかのぼると竜沼だが、これは枝葉や下草に遮られて、水面を見渡すのは難しかった。


赤沼

(左)みどろ沼
(右)竜沼
 

探勝路は上り坂になる。次の弁天沼は、地形的に一段高い位置にあるのだ。五色沼で2番目に大きい沼で、そのせいか、水の色はさらに明るい。ここでは道が岸辺に沿って延びていて、長い時間、眺めを楽しむことができる。沼の南西端には、新しい展望デッキも設けられている。時刻が10時を回って、西側(桧原湖側)から入ってきた人たちとすれ違うようになった。


弁天沼
 

るり沼の展望デッキはメインルートから少し引っ込んだところにあるので、うっかりすると見過ごしてしまう。私たちも青沼で気づいて、引き返した。ここは磐梯山のビューポイントの一つでもあるのだが、あいにく見えるのは裾の方だけだ。しかし、周りの森が静かな水面にくっきりと映り込んで、神秘的な雰囲気を漂わせていた。


(左)メインルート(写真左奥)からるり沼展望デッキへの道
(右)展望デッキ

るり沼、背景の磐梯山は雲の中
 

コースも後半になると、注意力が散漫になる。実のところ、青沼と柳沼はあまり印象が残っていない。撮った写真を見返すと、青沼はその名にたがわず空色の水面が美しいし、柳沼は劇場空間のような奥行きが感じられる風景だ。もっとしっかり見ておけばよかった。


青沼

柳沼
 

2時間あまりの歩きを終えて、柳沼を見渡す裏磐梯物産館のロビーでしばし休憩。それから、国道を北へ歩いた。長峯舟付というバス停の近くから、別の遊歩道、全長6kmの桧原湖畔探勝路が延びている。これは桧原湖(ひばらこ)の東岸に沿って北上するルートで、案内板によれば「吊り橋をわたって桧原湖畔を歩くみち」。

日本一長い駅名のような落ち着かない響きだが、吊り橋がキーなのは間違いない。というのも、いかり潟という入江への水路をまたぐこの橋は、11月20日から翌年4月20日まで閉鎖され、通行できなくなってしまうのだ。迂回路はないので、全線通しで歩けるのは雪のない半年あまりに限られる。


桧原湖畔探勝路の案内板
 

ルートはおおむね湖の南東岸に沿うが、アップダウンがそれなりにある。桧原湖をせき止めているのも流れ山なので、平坦な土地がほとんどないからだ。しかし、階段や木道は使われず、落ち葉が積もっているものの、路面は簡易舗装されている。

道は最初、西へ進む。松原キャンプ場の先では、雲が少し上がって、裏磐梯の荒々しいカルデラを中腹まで眺めることができた。この後また天気が悪くなったので、これが山の見納めだった。北に進路を変えてしばらく行くと、右手にいかり潟の入江が現れた。


(左)松原キャンプ場のボート桟橋
(右)簡易舗装の路面

桧原湖畔から望む裏磐梯のカルデラ
 

吊り橋の橋面は板張りで、安全のため20人以上載らないように、と警告板が立ててある。しかし、ケーブルを渡す主塔は鉄製で、頑丈そうだ。奥まった入江にボートが何艘か浮かんでいる。魚釣りのようだが、前に立って水面を凝視している人もいる。ハンプと呼ばれ、釣り場にもなっている陰顕岩が多いそうだから、その見張りだろうか。

渡るころから雨足が強まってきた。少し先にあずまやがあったので、雨宿りを兼ねて昼食休憩にする。


いかり潟の吊り橋

(左)水路をまたぐ
(右)いかり潟に浮かぶボート
 

桧原湖は面積10.7平方kmで裏磐梯最大の湖だが、水深は意外に浅く、南部ではせいぜい10~20mだ。地形図の等深線に着目すると、湖底にも、地上と同じような無数の凹凸が描かれている。湛水する前は、流れ山に覆われた地形だったことが見て取れる。湖岸のハンプももちろん、流れてきた岩屑の一部だ。

一方、地形図には湖面の標高が822mと記されていて、同514mの猪苗代湖、220m前後の若松市街地に比べて、はるかに高地にある。湖の西側は既存の山地が連なっているが、喜多方に抜ける旧道細野峠の標高は約870mで、湖面からわずか50m高いだけだ。

噴火で谷を埋めた岩屑や泥流の層は、150~200mの厚みがあるとされる。堰止湖とはいうものの、岩屑で嵩上げされた表面の、少しくぼんだところに薄く広く水がたまったのが桧原湖の実態ということになる。


桧原湖、流れ山が島になって点在
 

小止みになったのを見計らい、再び歩き出した。ルートの後半は湖岸から少し遠ざかり、森の中を縫う道になる。キャンプ場から先は、林道といった雰囲気の地道だ。このまま進むと、裏磐梯サイトステーションという休憩施設の前に出ていくが、中瀬沼探勝路と記された木標に従い、右へ折れる。

中瀬沼の前に、レンゲ沼探勝路に寄り道しようと思った。アプローチは湿地の上を行く趣のある木道だ。花の季節が終わったミズバショウが、あちこちで大きな葉を開いている。しかし、当のレンゲ沼は一周しても湖面があまり見えなさそうなので、途中で引き返した。


(左)レンゲ沼探勝路の木道
(右)花の終わったミズバショウ
 

方や中瀬沼のほとりには、眺めのいいことで知られる展望台がある。沼の北岸にある小高い丘、すなわち流れ山の上から、磐梯山が正面になる。むろん今日は雲の中だが、手前の中瀬沼にも、水没を免れ、新緑を湛えた流れ山がたくさん浮かんでいる。展望台から見下ろすと、まるで森が浸水しているように見えた。


中瀬沼展望台からの眺め
 

その後は、県道2号米沢猪苗代線の側歩道を黙々と南へ戻る。歩きの締めくくりに、磐梯山噴火記念館を訪れた。ここでは明治の噴火の状況や、湖沼群の成因・特徴を詳しく紹介している。1988年の開館だそうで、展示物はくたびれかけているが、子供たちの興味も引くようにジオラマや人形を使ったわかりやすい表現に好感が持てる。

2階の一コーナーではNHKの番組「ブラタモリ」の磐梯山編を流していたので、しばらく視聴した。一行は毘沙門沼や銅沼を訪れて、火山地形や沼の水質を観察している。コンター旅のテーマにも通じる番組だから、毎週ほぼ欠かさず見ているが、現地を巡った後なのでより実感がわく。大人向けには、これ1本で十分な説得力があると思う。


(左)磐梯山噴火記念館
(右)流れ山の露頭
 

向かいの3Dワールドは行かなかったが、裏手に流れ山の露頭がある。駐車場を造成した際に、流れ山が半分削られ、断面がひょうたん島の形に見えているのだ。落ち葉が積もってはいるが、ごろりとした石も露出していて、岩屑流の片鱗が窺えた。一帯は森に覆われてしまったため、このように露頭を観察できる場所はほかにないらしい。

春のコンター旅はここがゴールだ。現地解散の後、私は小野川湖の水門を見学し、最寄りのバス停から、喜多方へ抜ける1日2本しかないバスに乗った。


小野川湖の水門
 

掲載の地図は、国土地理院発行の20万分の1地勢図新潟(昭和53年編集)、福島(平成元年編集)および地理院地図(2022年6月12日取得)を使用したものである。

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2022年6月17日 (金)

コンターサークル地図の旅-大内宿と下野街道中山峠

コンター旅の行先に、会津の大内宿(おおうちじゅく)をリクエストしたのは私だ。茅葺屋根の集落なら白川郷や京都の美山にもあるが、通りに沿ってこれほど整然と建ち並ぶ風景は珍しい。それで、一度この目で見たいと思っていた。もとより有名な観光地につき、関東の会員からは「3回行きました」との声も聞かれたが。


大内宿、見晴台からの眺め
 

周辺の地形図を見ると、「下野(しもつけ)街道」の注記とともに、徒歩道が北と南へ延びている。これは、日光街道の今市と城下町会津若松を結んでいた江戸時代の街道で、近年、復元整備されたものだ。「地図を見ながら足で歩く」という会の趣旨に基づいて、宿場の中を巡った後は、この道を南へたどることにしたい。中山峠を越えて会津下郷(あいづしもごう)駅まで、約12kmの行程だ。

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若松~田島間の1:200,000図に下野街道の宿場と峠の位置を加筆
「会津線」は現在の会津鉄道

2022年5月21日、会津鉄道の単行気動車を、湯野上温泉駅で降りた。駅舎は、本物の茅を葺いた古民家風の造りだ。宿場の玄関口だから、それをイメージしているに違いない。集まったのは、大出さん、中西さんと私の3名。朝はまだ薄日が差しているが、午後は曇りのち雨の予報が出ている。


茅葺屋根の湯野上温泉駅舎
 

大内宿はここから西へ約6km入った山中で、「猿游(さるゆう)号」という名の直行バスがある。ただし運賃は、往復で1100円。片道の設定がないため、私たちのように往路だけ乗りたい者にとっては割高だ。「3人ならタクシー代を割り勘する方が安いですよ」と、大出さんがタクシー会社に電話をかけるものの、「配車に30分かかると言われました」。初戦を落とした気分で、駅前に停車していたバスに乗り込んだ。マイクロバス車両なので、中はほぼ満席だ。

走り出すと、添乗の女性が絵地図を配り、バスガイドのように流暢な口調で見どころを案内してくれる。提携食堂の割引券までもらったので、何だか観光気分が湧いてきた。その間にもバスは谷川に沿う山道をくねくねと遡っていく。約20分で、宿場の裏手にある停留所に到着した。


猿游号で大内宿に到着
 

さっそく脇道を抜けて、街道筋に出る。土道の広い通りが宿場を南北に貫いていて、その両側に、写真で見てきたとおりの茅葺屋根が並んでいる。敷地は東西に長く、各家屋は道路から一定距離を置いて、ゆったりとした建て構えだ。多くが寄棟造りで、玄関は南に向いた長手の側にあるようだが、どこも道路に面した妻面を開放して、観光客向けの店を出している。


大内宿の街道筋

(左)妻面を開放した店構え
(右)色とりどりの吊るし飾り
 

「古民家を集めたどこかのテーマパークみたいですねえ」などと話しながら、緩い坂になった通りを上手へ歩いていく。まずは村を一望したいので、突き当りに建つ浅沼食堂の左手から急な石段にとりついた。上りきると子安観音堂だが、その右側の山道で先客たちが立ち止まり、カメラやスマホを構えている。

「みなさんが観光ポスターなどでご覧になる風景は、ほとんどそこで撮られています」と車中で案内していた添乗員さんの言葉どおり、ここが絶景ポイントの見晴台だった。見通しのきく高台がほかにないので、誰が撮っても同じような構図の写真になるのは物足りないが。


(左)子安観音堂
(右)山道の途中にある見晴台

見晴台からの眺め
 

山道から降りて、本陣跡に建てられた町並み展示館を訪ねた。もとの本陣の建物はとうに失われたので、近隣の同種の建物を参考に設計復元したものだという。それもあってか、ここは長手を通りに向けて建てられている。中に入ると、勝手と呼ばれる板間に囲炉裏が焚かれ、煙がもうもうと天井へ上っていた。さまざまな農具や生活用具の展示とともに、街道の歴史や宿場の景観保存に関する説明パネルが掲げられていて、参考になる。


本陣跡の町並み展示館

(左)勝手(板間)に囲炉裏
(右)農具や生活用具の展示
 

それによれば下野街道、別名 会津西街道は、17世紀初めに会津藩により江戸への最短経路として整備された。藩の参勤交代や廻米(米の輸送)に利用され、大内は宿駅の一つとして、継立(人馬の交換)や宿場経営で栄えた。しかしその後、参勤交代の経路変更や地震による不通の影響を受けて、下野街道の重要性は薄れていく。

明治に入り、阿賀川(大川)沿いに新日光街道が整備されると、人馬の往来はそちらに移り、大内は養蚕や麻栽培で生計を立てる静かな農村集落になった。旧観を残す町並みがメディアで紹介され、人々の関心を集めるようになったのは、ようやく1970年前後のことだ。1981年に、大内宿は国の重要伝統的建造物保存地区に選定された。さらに1986年の野岩鉄道開業で首都圏からの交通の便がよくなったことで、観光地としての人気が定着していった。

地区の特色である茅葺屋根は維持に手間がかかる。かつてはトタン板で覆うことも行われたというが、今は表通りの多くが茅葺きに戻されている。もっともこれらの家屋は主に土産物屋、食堂、民宿などの事業に使われており、住民の方は裏手に建てた一般的な住宅で生活しておられるようだ。

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土固めの路面、石組みの水路
 

街道歩きが控えているので、混まないうちに昼食にしよう。展示館向かいの大黒屋の座敷に上がった。遠路はるばる来たからには、名物のネギそばを試さないわけにはいかない。

そば自体は冷たいかけそばなのだが、器の上に白ネギが一本置かれている。これを箸代わりにしてそばを掬うとともに、適宜かじって薬味にする、というものだ(下注)。ただし、食べ進むと最後に短く切れたそばが器の中に残る。「さすがにこれは箸でないと掬えませんね」。むろん箸も座卓に用意されている。

*注 大黒屋の品書きではこれは「ねぎ一本そば」とされ、方や「ねぎそば」はかけそばの上に刻みねぎが載るものだった。


大黒屋のねぎ一本そば

思い残すことがなくなったところで、宿場を後にした。バスで来た道を南へ歩いていくと、小野川の橋のたもとから、旧街道が分岐している。「歴史の道(下野街道)」と記された道標が立っているから間違いない。その先では、ひょろっとした松の生えた「大内宿南一里塚」が旅人を迎えてくれた。

しかし、斜面に開かれた棚田の間を上る道は一直線で、圃場整備で付け替えられたようだ。森に入ると、草深い踏み分け道になった。「もっと歩いている人がいると思ってましたが」。少なくとも私たちが歩いている間、すれ違ったり、追い越したりする人は見かけなかった。


(左)旧街道の分岐点
(右)大内宿南一里塚

1:25,000地形図に歩いたルート(赤)等を加筆
大内宿~沼山間
 

先ほどの資料館のパネルによれば、下野街道の整備事業は2000年に完成し、2002年に国の史跡に指定されている。地形図に史跡の記号(下注)が付されているのは、それが理由だ。しかし、生活道路は別にあり、たまにハイカーが通るだけなら、数年も経たないうちに草生してしまうのは避けられない。

*注 数学の「ゆえに」記号に似たこの地図記号は、「史跡・名勝・天然記念物」を表す。

道標は何種類かあった。「下野街道」と刻まれた立派な石標が主要な分岐点に立っているほか、1本足に金属板を取り付けたもの、もっと素朴な木製のものも見かけた。ところが金属板はどれも外されたり、折り曲げられたりして無残な状態をさらしている。どんな動機があったのかは知らないが、つまらないことをしたものだ。


(左)下野街道の石標
(右)金属板の道標は無残な状態に
 

草の道は500mほどややきつい上りが続いた後、なだらかになる。そして沼山集落の手前で、無事舗装道に出た。しばらくは、この県道131号下郷会津本郷線を歩く必要がある。2車線幅の走りやすそうな道だが、車両の通行はほとんどなく静かだ。大内宿の駐車場を埋めていた観光客のマイカーは、こちらには回ってこないようだ。

集落の端で、草の道が再び右に別れていた。例によって道標は壊れているが、草道のもつ雰囲気がさきほどと同じなので迷うことはない。少し先の、草道が西へ上っていく林道と交差する地点が、一つ目の分水界だ。


(左)草道が舗装道に合流
(右)県道沿いの沼山集落

1:25,000地形図に歩いたルート(赤)等を加筆
沼山~中山峠間
 

地形図から読み取れるとおり、大内宿から中山峠にかけては、周囲とは違うなだらかな回廊状の地形が延びている。私はこの地形に興味があった。地質調査所の研究報告(下注)は、この低地帯に大内断層と呼ばれる南北に走る伏在断層(地表に断層面が現れないもの)を想定している。断層の活動によって東側の山地が高まり、それに遮られる形で西側の山麓に岩屑が堆積した。街道はこの緩斜面に通されているので、分水界越えも険しくはないのだ。

*注 山元孝弘「田島地域の地質」地域地質研究報告 平成11年、地質調査所


なだらかな回廊状の地形、沼山から東望
 

一方、中西さんの関心はまた別で、「イザベラ・バード Isabella Bird が通った道を歩いてみたかったんです」。イザベラは、明治初期に日本を訪れ、詳細な紀行書を著したイギリスの旅行家だ。1878(明治11)年6月の北日本の旅では、今市から下野街道を北上し、その際「山奥のきれいな谷間にある」(下注1)大内宿で1泊している。イザベラが同じ書で言及している山形県上山(かみのやま)の石橋群を、以前コンター旅で巡ったことがある(下注2)が、下野街道もまた、彼女の長い旅の経由地だったのだ。

*注1 『イザベラ・バードの日本紀行(上)』時岡敬子 訳、講談社学術文庫 p.220。
*注2 「コンターサークル地図の旅-上山周辺の石橋群」に記述。


旧街道を埋め尽くす野の花
 

森の草道は分水界を降りる途中で、また県道に吸収されてしまった。舗装路をしばらく行くと、中山集落に出た。ここでは、巨大なケヤキの木が道端にそびえていて目を引く。傍らの案内板によれば「八幡のケヤキ(中山の大ケヤキ)」と呼ばれ、樹高36m、胸高周囲12m。単に太いだけでなく、むくむくと地中から湧き出したかのような幹の迫力と勢いは見事というほかない。樹齢は950年とあるから、「当然、イザベラ・バードも見たでしょうね」とうなずき合う。


八幡のケヤキ

幹の迫力と勢いに目を見張る
 

左手に瑞々しい新緑の景色を見下ろしながら進むと、集落の端にまた旧街道の分岐があった。しかし、ここにはロープが渡してある。「みなんぱら 恵みの交流館」という施設への通路に使われているのだが、コロナ感染拡大防止のため閉園中、と貼り紙がしてあった。そうでなくても旧道は途中でたどれなくなる。県道沿いにあった「トラックの森」の説明板から想像するに、造林事業地とされたことで、中を通過していた旧道は廃道になったようだ。


中山集落を北望
 

鼠色の空から、いよいよ霧雨が落ちてきた。県道の中山峠の直前に右へ入る林道があり、そこに街道の標識が立っている。林道を少し上ると、街道のつづきが見つかった。街道の中山峠は落ち葉散り敷く森の中だが、標識も何もなく、大きなうろをもつ木の根元に供養塔が倒れているばかりだ。


(左)県道の中山峠
(右)旧街道の峠、倒れた供養塔
 

峠の南斜面は、戸石川が流れる谷底まで約200mの高度差がある。道は思いのほか荒れていた。行く手をふさぐ倒木をまたぎ、覆いかぶさる雑木をかき分け、湧き水のぬかるみに足を取られながら、急坂を降りていく。かなり下ったところで西へ向かう林道と交差したが、「さすがにこの先は通れそうにないですね」。背丈を越える藪を前に、林道を伝い、県道に迂回せざるをえなかった。


中山峠からの下りは荒れた道
 

1:25,000地形図に歩いたルート(赤)等を加筆
中山峠~会津下郷駅間
 

この区間で、県道は勾配緩和のためにヘアピンを繰り返している。そのカーブの一つで、「高倉山の湧水、長寿の水」と書かれた水汲み場があった。屋根の下の手水鉢に架けられた管から、名水が流れ落ちている。一口掬って飲んでみたが、まろやかな味わいのおいしい水だった。


長寿の水
 

下り坂の途中から、また旧街道に入った。草道は、S字を描く県道を串刺ししながら降下する。最後は簡易舗装の里道になり、倉谷宿の裏手を通って再び県道に合流した。倉谷宿は、ごくふつうの農村集落だった。間口が狭く奥行きが長い宿場の地割が残るものの、茅葺屋根にはトタンがかぶせてある。とはいえ、大内宿もブレークする前はこのような状況だったのかもしれない。


(左)倉谷宿の家並み
(右)倉谷宿上方の古い道標
 

戸石川を渡ってなおも行くと、また分かれ道があった。立派な土蔵の前に大内宿近くで見たのと同じ下野街道の石碑が立っていて、旧街道は八幡峠に向けて南の山手を上っていく。しかし残念だが、私たちの街道歩きはここまでだ。帰りの列車が来る会津下郷駅をめざし、このまま県道を下っていくことにしよう。


板倉の分岐点、旧街道は奥へ

会津下郷駅に到着
 

掲載の地図は、国土地理院発行の20万分の1地勢図新潟(昭和53年編集)、日光(昭和52年編集)および地理院地図(2022年6月12日取得)を使用したものである。

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